人権とは・・・私の感想・黄門様の印籠・その104

吾々はある社会に属している限り、人権の一部を為政者に預けて生活している。
100%の人権を保有しているというのは、単なる思い込みである。


兎角100%の人権を保有していると考え勝ちだが吾々は制限された人権しか持っていない。これが法治国家の国民の宿命だろう。中国のように国民の人権が不当に奪われている国家が好いとは言わず、出来るだけ人権を制限する事は小さい方が良いが、決して100%野放図に放置すべきでは無かろう。
吾々が法律を守ると言うことは法治国家に生活している限り当たり前のこととして受け容れているが、これは即ち自分の人権の一部を法律の規制に委ねている。即ち言葉を換えれば自分の人権の一部を譲り渡していることになる。

法律に違反すると自由を奪われ、刑務所に入れられる事もあり、その権限は裁判所が持っている。これも自分の人権の大きい部分を譲り渡していることになるが
誰も不思議に思わないだろう。とすれば刑後者の人権の一部を譲り渡すことも被害者の人権を考えあわせて公平に考えた時充分考慮に値する。

兎角人権を考える時、その人の立場で偏った考えをしがちだが、それは危険であろう。

前にも触れたように、手を繋いでゴールするような悪平等は偏った人権の考え方で常に反対側の人権を考慮して人権の維持を考えなければなるまい。

例えば「加害者と被害者の人権」について一方に偏った考えをしがちだが公平に素直に両者を考えるべきだろう。

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