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zoom RSS 馬齢を重ねて遂に80歳代・夢幻の如くなり・Part1・・・私の戯れ言その1305

<<   作成日時 : 2013/05/02 14:28   >>

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今月から長かろうが短かろうが、取り敢えず載せてみる事にした。

かけつぎ名人とかけはぎ職人・・・・
先日テレビを視ていたら名古屋のかけはぎ職人が、かけつぎ名人としてインタビュウされていた。関東のかけはぎは西の方ではかけつぎと言うらしいが、まあ「かけはぎ」でも「かけつぎ」でも「つぎはぎ」というように同じ事だが、今から60年程前の私が若い頃はかけはぎ職人は珍しいものではなく私の街にも数人いた、私も母の使いで数回父の背広や母の和服を持って行ったことがある。
最近は使い捨て文化が蔓延しかけはぎの工賃も高くなり新しく買った方が安い時代が来て、次第にかけはぎをして使う時代ではなく新しく買い換える時代になって、かけはぎ職人も商売にならず徐々に減り、残った職人は名人となった。私の時代は職人ではなく母が継ぎを当てる継ぎ接ぎの衣類が普通だったが、私の子供の時代は衣類は買い換えるのが普通となったので久しぶりに「かけつぎ」と言うことばを聞いて懐かしかった。先日は弟がモーニングを着る必要があって出してみたらサイズが合わず虫に食われた箇所があってかけはぎ代が結構高価になっていた話しをしていたが、かけはぎも特殊技術になっているらしい。

卒業証書はない・・・・
私の国民学校(今の小学校)は戦争末期だった為か卒業証書を貰った記憶がない、勿論現存しない。中学校は5年制だったが、私は4修で高等学校に行ったので卒業証書はない。
高等学校では藁半紙にガリ版刷りの修了書のような物を貰ったようだが現物は紛失してないようだ。
唯一大学の卒業証書は立派な紙で貰い、父親が見もしないのを母親が神棚にあげて拝んだのは憶えているが、その後何処に行ったか記憶にない。大学院の学位記は貰ったが、開業医が診察室に掲げているのはよく見るが、我々はその必要もないのでいつの間にか居場所が分からなくなってしまっている。
現在居場所がハッキリしているのは喜寿の祝いに貰った「寿状」だけだ。

くさやはくさい・・・・
今から30年以上前の話だが、モスクワの私が泊まったウクライナホテルの自室でくさやの干物を焼いた時煙が籠もったのでドアを少し開けた。その階の管理者らしきオバサンが飛んできた、何を叫んでいるか判らなかったが部屋を覗いて状況は理解したらしく「直ちに止めろ」と言っている事は理解出来た。オバサンのいるエレベーターの前と私の部屋のある位置は大きく離れているのに臭いがばれたらしくくさやはその名前の通りくさかったようだ。

値上がりと食欲・・・・ 
生活必需物資の物価は上がるし収入は増えない、しかし幸いな事に80数歳になった今食欲は徐々に減った来た、勿論どんぶり飯を山盛りで朝1杯・昼1杯・夜2杯食べていた学生時代とは比較しようがないが、それにしても「よく食べるね」と言われた50代から60
代の始めに較べれば、今昔の感があるが、徐々に食欲が減ってきた。多分食品の値上がり分ぐらいは食欲が減っているのではないだろうか。

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