駄言人を刺す時もあるPart12・・・私の感想・徒然草・その1110
敵か味方か・・・・敵か味方かと言うと世界仲良くすべきという論者に怒られるかも知れないが、矢張り世界は敵は敵として見ないと防衛上の抑止力を持つことが出来ない。もし世界全体が本当に仲良くし、覇権を考える国もなければ、防衛力を持つ必要もなくなる。このような夢の世界になることを私も望むが、少なくとも現在がそうでないことは100人が100人とも判っているだろう。近隣では中国は敵だろう、それに連なる北朝鮮も敵だろう、北朝鮮と共同演習をしようとするロシアも敵だろう。
敵との間をどの様に解決するかは、武力もあるだろうし、平和的手段もあるだろう、それらは一概には言えないが、取り敢えず敵を敵として認識することは必要だろう。
出来るだけ平和的手段にて解決することが望ましいが、その為には一朝事ある時は瞬時に対応出来る抑止力を備えることが望まれる。それにはその時になって議論することなく事前に決定しておくことが重要である。
少なくとも現在「集団自衛権の確保」と「核3原則の廃止」が必要であろう、と同時に自衛隊の武装の自由化が必要であろう。これらは言うだけでも抑止力になることを知るべきであろう。
反省するのは誰か・・・・日本地震学会が「地震学の敗北」と言うコメントをしたらしいが、決して敗北ではなく現在のレベルが東日本大震災に到達しなかっただけだろう。如何に頑張っても自然には及ばないことを認識しただけのことだろう。地震学を取り扱う学者が謙虚なのは良いが、その情報は所詮自然以下であることを認識させたことだけでも、充分であろう。それよりも反省すべきは人工物を造りながら自分の想定に甘んじている側こそ反省すべきではないか。
アカデミー校制度を日本にも・・・・イギリスのアカデミー校は寄付の85%は学校に配布され、而もその使い途を含んだ予算は校長に任せられている。従って教員の報酬はその実績に応じて校長が上下出来る、極端に能力の不足する教員は罷免も出来るらしい。勿論校長は監査があるのだろうけど、これは行政の事であって、日本の教員組合の労働者としてのみ考える強さは比較にならない。この制度はブレア労働党党首が首相だった時代にその肝いりで出来たそうだが、輿石幹事長は「教員が政治活動するのは当たり前だ」などと言わず、その爪の垢でも煎じて呑んだら良いと思うが。
日本の開発力は強力粉を造りだした・・・・後継者不足の日本の農業をバラマキ政策で抑え抱えしても仕方がないのではないだろうか。日本の農業は転作・大規模化等により国際的に生き残れるモノのみを残して他は国際分業に頼らざるを得ないのではないか、食糧自給率を米のみに頼る現在の農業はドラステイックに変えるべきだろう。例えばパンを作れる強力粉の90%以上は輸入に頼っているが、北海道の農事試験場で開発した品種は輸入品以上の強力さで寧ろ剰っている中力粉をブレンドして使う程だそうだ。このように未だ日本はその開発力によって食糧自給率をあげる方法は幾らでもあるだろう。
教員は単なる労働者ではない・・・・教員は聖職でもないかも知れないが労働者でもないだろう。教員に限らず職業を持つ人々は自分の利益の為にはたらいてはいるが、社会に対して一定の貢献をすることが義務づけられている、其の意味では単なる労働者ではない。その中で教員は次世代の国に役立つ日本人を創り出す事が使命であろう。人は自分が生きる為の労働部分と社会貢献の為の労働部分を併せ持ち、その比率は職業によって違うが、公務員は社会貢献の比率の高い職業である、その中でも教育公務員は色に染まっていない学生を相手にするので社会貢献の為の部分を気を付けて取り扱わなければならない、仮初めにも個人の思想を紛れ込まさないように気を付けなければならない
敵との間をどの様に解決するかは、武力もあるだろうし、平和的手段もあるだろう、それらは一概には言えないが、取り敢えず敵を敵として認識することは必要だろう。
出来るだけ平和的手段にて解決することが望ましいが、その為には一朝事ある時は瞬時に対応出来る抑止力を備えることが望まれる。それにはその時になって議論することなく事前に決定しておくことが重要である。
少なくとも現在「集団自衛権の確保」と「核3原則の廃止」が必要であろう、と同時に自衛隊の武装の自由化が必要であろう。これらは言うだけでも抑止力になることを知るべきであろう。
反省するのは誰か・・・・日本地震学会が「地震学の敗北」と言うコメントをしたらしいが、決して敗北ではなく現在のレベルが東日本大震災に到達しなかっただけだろう。如何に頑張っても自然には及ばないことを認識しただけのことだろう。地震学を取り扱う学者が謙虚なのは良いが、その情報は所詮自然以下であることを認識させたことだけでも、充分であろう。それよりも反省すべきは人工物を造りながら自分の想定に甘んじている側こそ反省すべきではないか。
アカデミー校制度を日本にも・・・・イギリスのアカデミー校は寄付の85%は学校に配布され、而もその使い途を含んだ予算は校長に任せられている。従って教員の報酬はその実績に応じて校長が上下出来る、極端に能力の不足する教員は罷免も出来るらしい。勿論校長は監査があるのだろうけど、これは行政の事であって、日本の教員組合の労働者としてのみ考える強さは比較にならない。この制度はブレア労働党党首が首相だった時代にその肝いりで出来たそうだが、輿石幹事長は「教員が政治活動するのは当たり前だ」などと言わず、その爪の垢でも煎じて呑んだら良いと思うが。
日本の開発力は強力粉を造りだした・・・・後継者不足の日本の農業をバラマキ政策で抑え抱えしても仕方がないのではないだろうか。日本の農業は転作・大規模化等により国際的に生き残れるモノのみを残して他は国際分業に頼らざるを得ないのではないか、食糧自給率を米のみに頼る現在の農業はドラステイックに変えるべきだろう。例えばパンを作れる強力粉の90%以上は輸入に頼っているが、北海道の農事試験場で開発した品種は輸入品以上の強力さで寧ろ剰っている中力粉をブレンドして使う程だそうだ。このように未だ日本はその開発力によって食糧自給率をあげる方法は幾らでもあるだろう。
教員は単なる労働者ではない・・・・教員は聖職でもないかも知れないが労働者でもないだろう。教員に限らず職業を持つ人々は自分の利益の為にはたらいてはいるが、社会に対して一定の貢献をすることが義務づけられている、其の意味では単なる労働者ではない。その中で教員は次世代の国に役立つ日本人を創り出す事が使命であろう。人は自分が生きる為の労働部分と社会貢献の為の労働部分を併せ持ち、その比率は職業によって違うが、公務員は社会貢献の比率の高い職業である、その中でも教育公務員は色に染まっていない学生を相手にするので社会貢献の為の部分を気を付けて取り扱わなければならない、仮初めにも個人の思想を紛れ込まさないように気を付けなければならない
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