駄言人を刺す時もあるPart1・・・・私の感想・徒然草・その1106
相対と絶対・・・・人間は常に相対的にものを見なければなるまい、しかしテレビに出てくる学者とかコメンテーターは相対的な発言はせず、絶対的にしか発言しない。偶に相対的な発言をする事があるとマスコミは或いは内閣までその人を忌避する。
人間は時間軸或いは場所の軸でものを考えなければなるまいが、コメンテーター等はその結論を得る過程で相対的に検討したから良しとし、その相対的な相手を決して公開しようとしない。これはある意味でその意見が聞く人の批判に耐えないか、聞く人をバカにして自分の意見に従っていれば良いと考えているか何れかであろう。
偶然の力・・・・偶然ほど力のあるものはないだろう。論理的に説明すると必ず反論がでる、何故ならば論理的に説明する為にはデータがいる、とすれば必ずそれに反するデータも捜せばあるだろう。結局多数決或いは力の強い側又は宣伝力の強い側に有利である。
しかしそれが偶然であると結論すればそれには論理的となるデータがない、とすれば反論のしようがない。想定外と言わず偶然と言ったら、まあ目の前で起こっていることに対しては世の中では通らないだろうけど、有史以前のことに関しては幾ら論理を振りまわしても偶然には敵わない。
解散でブラフをかける・・・・菅内閣と民主党執行部は地盤の弱い1,2年生議員に恐怖を与えて引き留めを計っているが、造反予備軍を除籍等の処分は実質出来ない、その上で解散に打って出れば民主党は消えて無くなるだろう。
所詮「常識外れの解散風」は、不信任案賛成や採決欠席を検討する議員に「選挙」という恐怖心を植え付けるためとみられるブラフに過ぎず、
1,2年生議員は「幽霊の正体見たり枯尾花」にならないように、自民・公明は、待っていたことで自民党は「今やれば100~150議席増で民主党から第1党の座を奪うことは間違いない。破れかぶれ解散でも何でもやってくれていい」と言い、公明党は「今解散なら全員当選だ、願ったりかなったりだ」と言っている。
菅総理は民主党に引導を渡す坊主になるのか。
世代間公平に対する疑問・・・・受益から負担を引いて算出した所謂世代間格差の数字を、与謝野経済担当相の要請で内閣府が社会保障と税の一体改革の為の「集中検討会議」に提出するらしく、その数字を根拠にして「世代間公平」を諮るらしい。しかしこれは今時点での統計数字に過ぎず、過去・未来に亘った時系列的な数字は少しも入っていない、些か近視眼的ではないだろうか。 「世代間公平」にしても例えば東日本大震災の義捐金の分配にしてもただ「公平」でさえあれば良いものではないだろう。
総て手遅れではないか・・・・菅首相は結局地位に汲々とし、しかもその為に人の言うことまて取る一言居士ではないか。自分の手柄にしたいために殆ど手遅れになっているようだ。
「後の祭り」、「火事のあとの火の用心」、「後悔、先に立たず」、「証文の出し後れ」、「死んだ子の年を数える」、「覆水盆に返らず」、「六日のあやめ、十日の菊」幾ら言っても言いきれない。総理顧問として学者を集めているが、学者は大体自分の主張を正しいと言う曲学阿世だし、博引旁証は結構だが、セカンド・サードと意見を求めすぎて混乱を起こし結局自分の意見が何処にあるのか分からなくなるのもどうかと思う。
人間は時間軸或いは場所の軸でものを考えなければなるまいが、コメンテーター等はその結論を得る過程で相対的に検討したから良しとし、その相対的な相手を決して公開しようとしない。これはある意味でその意見が聞く人の批判に耐えないか、聞く人をバカにして自分の意見に従っていれば良いと考えているか何れかであろう。
偶然の力・・・・偶然ほど力のあるものはないだろう。論理的に説明すると必ず反論がでる、何故ならば論理的に説明する為にはデータがいる、とすれば必ずそれに反するデータも捜せばあるだろう。結局多数決或いは力の強い側又は宣伝力の強い側に有利である。
しかしそれが偶然であると結論すればそれには論理的となるデータがない、とすれば反論のしようがない。想定外と言わず偶然と言ったら、まあ目の前で起こっていることに対しては世の中では通らないだろうけど、有史以前のことに関しては幾ら論理を振りまわしても偶然には敵わない。
解散でブラフをかける・・・・菅内閣と民主党執行部は地盤の弱い1,2年生議員に恐怖を与えて引き留めを計っているが、造反予備軍を除籍等の処分は実質出来ない、その上で解散に打って出れば民主党は消えて無くなるだろう。
所詮「常識外れの解散風」は、不信任案賛成や採決欠席を検討する議員に「選挙」という恐怖心を植え付けるためとみられるブラフに過ぎず、
1,2年生議員は「幽霊の正体見たり枯尾花」にならないように、自民・公明は、待っていたことで自民党は「今やれば100~150議席増で民主党から第1党の座を奪うことは間違いない。破れかぶれ解散でも何でもやってくれていい」と言い、公明党は「今解散なら全員当選だ、願ったりかなったりだ」と言っている。
菅総理は民主党に引導を渡す坊主になるのか。
世代間公平に対する疑問・・・・受益から負担を引いて算出した所謂世代間格差の数字を、与謝野経済担当相の要請で内閣府が社会保障と税の一体改革の為の「集中検討会議」に提出するらしく、その数字を根拠にして「世代間公平」を諮るらしい。しかしこれは今時点での統計数字に過ぎず、過去・未来に亘った時系列的な数字は少しも入っていない、些か近視眼的ではないだろうか。 「世代間公平」にしても例えば東日本大震災の義捐金の分配にしてもただ「公平」でさえあれば良いものではないだろう。
総て手遅れではないか・・・・菅首相は結局地位に汲々とし、しかもその為に人の言うことまて取る一言居士ではないか。自分の手柄にしたいために殆ど手遅れになっているようだ。
「後の祭り」、「火事のあとの火の用心」、「後悔、先に立たず」、「証文の出し後れ」、「死んだ子の年を数える」、「覆水盆に返らず」、「六日のあやめ、十日の菊」幾ら言っても言いきれない。総理顧問として学者を集めているが、学者は大体自分の主張を正しいと言う曲学阿世だし、博引旁証は結構だが、セカンド・サードと意見を求めすぎて混乱を起こし結局自分の意見が何処にあるのか分からなくなるのもどうかと思う。
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