駄言人を刺す時もあるPart2・・・・私の感想・徒然草・その1105

古老の言葉は尊重しよう・・・・昨年「トイレの神様.」と言う詩が流行ったが年寄りの言葉を尊重しなければならない
野田村の保育所では東日本大震災の時、保母さんが昔の人の「津波が来たら源平坂に逃げろ」という言葉を思い出して、1歳の子を背負い、小さい子を乳母車に乗せて、小さい子を誘導して源平坂まで逃げ延びた。保育所の建物は津波に流されてしまったが、赤ん坊を含めて子供達は全部助かった。

原発事故は政府には責任がないのか・・・・海江田経済産業相は原発事故に関して「仮払いが出来るように東電側に働きかけたい」とコメントしているが、このコメントを聞く限り政府には責任が無く東京電力側に全責任があるように聞こえる。枝野官房長官のコメントでも、東電の無限責任を前提とし「第一義的には東電に責任がありその補償を政府が負うつもりはない」と言っている、兎角政府のコメントは責任逃れにしか聞こえない。

天皇陛下の心と菅首相の心・・・・嘗て昭和天皇は全国巡行の際に、学校の教室に布団を敷きカーテンを掛けて寝られたこともあるという、世界的に負けた国の国家元首は普通その国の国民に投石を以て迎えられるのが普通であって、涙を流して歓迎する国民は如何に天皇陛下を中心にして復興を遂げようとしたか分かるというものだ。今回の大震災に際して、如何に頼りない政府で首相の訪問には怒声を浴びせても、天皇陛下の訪問には心を一にして復興に向かう決意を示している。如何に天皇陛下が被災者のことを思っているかが伝わっている証拠ではないか

日銀とFRBの違い・・・日銀は相変わらず金融の追加緩和の意見にさえ反対が多くて実施出来ない、ましてや日銀券の大増刷には反対だろう。バーナンキ氏は「ヘリコプターベン」と言う悪評をものともせずドル札の増刷で遂にリーマンショックを乗り切り、世界に金余りによるインフレの悪評を撒いたが最近金融引き締めに転じているようだ。
別にバーナンキ氏の肩を持つわけではないが、東日本大震災のような未曾有の事態に際しては今の白川総裁のような小さな肝っ玉では対処出来ないのでは無いだろうか、バーナンキ議長のような思い切った手を打ち駄目なら責任を取るぐらいの大きな肝っ玉でなければならないのではないだろうか。


いかんことと無いこと・・・原子力政策はその対策としていかん事に対策を立てなければならないが、これを無いこととして政府も監督官庁も事業者も誰も対策を立てない。それが今回の福島第一原発事故に繋がったのではないか。原子力の専門家が組織を辞めていく原因もその辺りにあるのではないだろうか。最近でも専門家である小佐古内閣参与が辞めたらしいが、利権を持つ素人に対するイエスマンだけが段々残る傾向にあるようだ。勿論辞めればいいと言うことではなくて敢えて利権を排除して対策を立てることが大切であり、あえなく辞めた人にも一半の責任がないとは言えない。

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