相撲はスポーツであると同時に文化だろう
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作成日時 : 2008/05/25 06:01
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相撲はスポーツであると同時に文化だろう。
昔から横綱相撲という言葉があるように、朝青龍が「ハリサシ」という手を使うのすら私は感心しないと思っていたが、横綱は常に下位者がどの様な手で来ようが其れに対応する気構えで土俵に上がるべきであり、相手が立った時には常に立てる事が必要で所謂横綱相撲其れが横綱だと常々私は思っているが、「朝青龍が千代大海との勝負のあと、相手の変化には”汚ねえよ、あいつ。びっくりした”と吐き捨てた」という報道を見て彼は横綱の資格が無いと考えた。
其れを放置している相撲協会も、それを国技として容認している政府も可笑しいと思う。
相撲が単にスポーツ化したのなら重量別になり、オリンピックの一種目になっているはずだろう。単に強いからと言って横綱にするのはどうかと思う。下に落ちる角番のある大関までは成績で昇進することはよいと思うが、少なくとも1950年1月場所で横審が出来て以来、横綱は別のものであろう。もう一度歴史を振り返えり横綱は大関の一部と考えて、横綱大関とすべきではないだろうか。もし横綱を大関の上位に位置する単なる最高位者とするなら、横綱審議委員会も要らないし、横綱推薦基準も要らないだろう。
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